Living in Germany

◆ドイツで暮らす◆

 

 

 

 

☆伯父さんのお葬式で聞いた運命的なお話

先日、8月に亡くなった旦那の伯父さんのお葬式に参列してきました。ベルリンでのお葬式だったので仕事は休みを取って行ってきました。

 

参列していたのは30人ほど。伯母さんと娘夫婦(伯母さんの前の旦那さんとの娘さん)、私たち家族以外はみんなお友達関係。伯母さんと伯父さんには子供はいないし、ふと見渡すと伯父さんと血がつながっているのは旦那たった一人。うちの娘も薄いながらも繋がってはいる。

 

なのでみんな高齢でおじいちゃん、おばあちゃんばかり。伯母さんの娘夫婦が50代なぐらいであとはみんなご高齢。

 

 

 

私はもちろん初めて会う人ばかりなのに、なぜかこんなアジア人の聞き慣れてない名前をちゃんとスムーズに発音し、あなたが〇〇ね、と自己紹介もしていないのに話しかけられる。娘の名前もみんな知ってた。伯父さんと伯母さんはよく私たちのことを話していたみたい。だから色々聞いてたのよって色んな人に言われました。そういう反応を受けて、なんか伯父さん達がよく話題にしてくれてたんだなと思うと泣けてくる。

 

そんな中、唯一の子供であったうちの娘は色んな方々に可愛がっていただき、そのうちの一人のおばあさんが、大阪のおばちゃんみたいにカバンに何でも入っている人で、娘が愚図ればグミだの小さな本だのと、まるで魔法使いのように色々出てくる。しかも出すタイミングが絶妙で、多少の愚図りでは出てこず、愚図り本番になったら出てきて娘がコロっと機嫌が直るというホント素晴らしいおばあさんでした。

 

 

 

さて、そんなお葬式はお墓にあるチャペルで執り行われたのですが、司会の方が伯父さんの生い立ちを話しました。以前にも書いたことがありますが、伯父さんは子供のころ母親(旦那のおばあちゃん)と妹2人(うち一人が旦那のママ)とで現ロシア領であるオストプロイセンから戦争で旧西ドイツに逃げてきました。

 

その話はよくママからも聞いていたので知っていたのですが、その時の詳しい話になり、私は勝手に陸路で逃げてきたものとばかり思っていたのですが、船で渡ってきたそう。

 

着の身着のままでカバン一つと毛布だけ持っていたのですが、伯父さんがその毛布を無くしてしまい、1月で本当に寒かったので毛布なしでは船で生き延びられないと探しまくったそうです。

 

探しているうちに乗りたかった船が出てしまい、その後毛布は見つかったのですが、次の船に乗ることになりました。実は、最初に出た船はドイツへ向かう最中に沈没してしまったそう。毛布を探していたので、その船に乗れなかった伯父さん達は幸運にも次の船で無事ドイツへ入ることが出来ました。

 

そんな話、初めて聞きました。あの時あの毛布がなくならなかったら、今うちの旦那や娘はいなかったねという話になり、すごいなあ・・・と。もちろん誰しもが人生の色んな節目でもしあの時!ということは沢山ありますが、結構この話は心に響きました。

 

 

 

伯父さんと籍は入っていないけれどパートナーとして40年一緒に暮らしてきた伯母さんはとても寂しそうで悲しそうで、見ているこっちが辛かった。そんなに何度も何度も会ったことがあるわけではないけれど、娘が伯母さんに懐き、お葬式の後みんなで行ったレストランでは隣に座り、お昼ごはんを分けてもらったり、色々話しかけたりと人一倍伯母さんに懐いていたので、それで伯母さんも楽しそうに笑っていたし、少しだけでも楽しい気分になってもらえたかなと。娘、グッジョブ!

 

きっと伯母さんも、娘が遊びに行けば気が紛れて楽しいだろうなと思ったので、お葬式の前の日は旦那は仕事で夜遅くにしかベルリンにこれなかったのですが、私と娘はお昼過ぎにはベルリンに着くように向かい、伯母さんの家に遊びに行く約束をしていました。

 

なーのーでーすーがー!これまたブログのネタになるような出来事が起こり、結局伯母さんの所には行けなかったのです。それが残念。

 

カバンから色々出てきた魔法使いのおばあさん、伯父さんと伯母さんの大親友なのですが、大きな家に一人で住んでいるらしく、空き部屋ばかりだから「ベルリンに来るときはうちに泊まりなさい!うちがベルリンのホテルだと思って遠慮せずいらっしゃい!」と言ってくれました。

 

次回は魔法使いのおばあさんにも会いに、またベルリンに遊びに行こうね!という話も出来たし、娘にとっても本当に数少ない親戚なので時々遊びに行けたらな、と思います。

 

本当にあっという間のベルリン滞在でしたが、そのうちの大半の時間を空港で過ごしましたからね・・・、続きは後日!